Monamily in Paris (...in London/in Tokyo/in New York/etc...)

派遣留学でパリの街に恋し、東京でアメリカ軍人の夫と結婚し、日系企業の駐在員としてロンドンで単身赴任中の私の純ジャパ奮闘記

【コロナ禍の欧州旅行】ハンガリー・ブダペスト編

2021年12月、ビジネススクールの授業と課題の合間を縫って、私はハンガリーブダペストに弾丸旅行をすることに決めた。

ブダペスト自体は小さな都市で、観光は丸1日あれば十分なのだが、私が1泊2日ではなく2泊3日の旅程を組んだのは、ブダペストに行く目的が夜景撮影であったからだ。

ブダペストの夜景は美しい。街全体というよりは、国会議事堂のライトアップがとにかく美しいのだ。

 
 
 
 
 
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はっきり言って、ブダペストは観光地としての見どころが少ないし、敗戦国にはありがちだが街並みも他の欧州都市と比べればイマイチである。
日本やドイツのいくつかの都市にも当てはまる話だが、敗戦国では歴史的な趣深い建物たちが焼け落とされ、戦後になって復興のために景観もへったくれもないuglyで中途半端な近代建築たちが矢継ぎ早建てられたというパターンが多いので、街を歩いていてもワクワク感がない。

それにもかかわらず、私がブダペストを心から楽しむことができたのは、上記のような欠点にも勝る国会議事堂の美しさのおかげである(付け加えるなら、食事も中々美味しかった)。

「この世で一番お気に入りの被写体は何か?」と問われれば、私は迷わずエッフェル塔と回答する。色々な角度や場所、季節や時間帯で違った顔を見ることができ、その全てが私を夢中にさせた。
だが、さすがにエッフェル塔には敵わないものの、ブダペストの国会議事堂も私にとっては非常に魅力的な被写体であった。私はInstagramブダペストの写真を9枚投稿しているが、そのうち4枚が国会議事堂の外観である。
違った角度・場所・時間帯に国会議事堂の写真を撮るためには、2泊3日は必要だった。

 

冒頭に掲載した写真は、1日目に現地に到着してすぐに撮りに行った写真である。冬の東欧は驚くほど日照時間が短く、この日の日没は15時台だったはずだ。同じヨーロッパでも、フランスは冬でも19時近くまで明るい(その代わり朝は9時頃まで暗い)わけだから、何とも差が激しい。
夜景は日没1時間後の空が最も映えるので、15時過ぎに空港に到着すると急いで市内に向かったが、夜景スポットに到着した頃には既に真っ暗だった。
それでも、オレンジ色の暖かい光に照らし出された国会議事堂の姿は、この世の物とは思えないくらい美しかった。
ホテルに荷物を置きに行く時間も惜しんで撮影に直行したため、肉体的にはそこそこ疲れていたが、そんなことはどうでも良いくらい写真を撮り続けることができた。

 

日が暮れるのが早いこともあり、飲食店が夜の営業を始める時間も西欧に比べると大分早い。パリでは大概レストランの営業開始は19時だったが、ブダペストでは17時台から営業開始しているお店も多かった。日本でも17時半位から営業する店が多いため、日本から直接ブダペストに旅行する場合は何とも思わないポイントかもしれないが、体内時計がパリでの生活に設定されて1年以上経過していた当時の自分にとっては驚きであった。

そして、ブダペストで食べた食事はどれも美味しかったし、価格もリーズナブルだった。とはいっても、これもパリ基準での評価なので、日本から直接ブダペストを旅行した人は違った感想を抱くかもしれない。
以前投稿したドゥブロブニクの記事でも述べた通り、東欧の料理は西欧の物と比べて日本人の口に合うものが多い。
パリで食べたら20€くらいかかりそうな豚レバーのグリルがブダペストでは6€で食べることができた。しかも味付けが日本人好みでメチャクチャおいしい。
一方、不思議だったのは、レストランで美味しいメインディッシュが6€にもかかわらず、クリスマスマーケットの屋台に売っているファストフード系の食事の方が10€くらいと高めであったことだ。一度、鮎のフライみたいなのを屋台で買ったところ、普通に美味しかったものの値段は西欧と変わらない10€だったので、この国ではレストランで食べた方が断然お得だと気付かされた。

日没が早いおかげで、夜20時には夜景撮影と夕食の両方が既に完了しており、ホテルに戻ってビジネススクールの課題のための同級生とのオンライン会議にも参加できた。
この時既に日没から5時間が経過していたため、夜更かしをしている気分だったが、未だ20時である。パリにいたら、夜が始まったばかりという時間なのだ。
それでも、オンライン会議が終わると私はすぐにシャワーを浴びて就寝した。移動で疲れていたのもあるが、外が暗くなって数時間経てば自然と眠くなるものであった。やはり人間は太陽と共に目を覚まし、眠りにつく生き物である。
更に言うと、この街には特別楽しみたいと思う夜の娯楽が無かったのと、高層ビルの殆ど無いヨーロッパの夜は東京と比べて格段に暗いのと、気温が低く寒かったことも、早く布団に入りたいと思った理由だった。

 

2日目の昼間は気になる観光スポットをいくつか廻った。
天気に恵まれ、写真も撮りやすかった。
やはり東欧の建造物というのは西欧とはまた違った趣があり、西欧の正統派のお城や教会に目が慣れてしまった自分にはブダペストの個性的な建物たちは真新しく新鮮だった。

 
 
 
 
 
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建築に関してどちらが好きかと聞かれれば、西欧の方が好きなのは否めない。基本的に、フランスやイタリアのロマンチックな宮殿や教会の方が好きだ。
だが、西欧は夏の間に散々旅行しつくしたこともあり、この冬はエキゾチックな東欧に興味が湧いていた。
物珍しいものに惹かれるのは、人間として自然な心理である。雑然とした無機質な高層建築物ばかりの東京はuglyだと私は思っていたが、おとぎ話に出てくるカワイイ建物だらけのヨーロッパで生まれ育った西洋人の友人に言わせれば「東京はSFの世界みたいでワクワクする」とのことだ。
「西洋人はこんなカワイイ街並みの中で暮らしてるってどういうことやねん!絵本の中の住人なのかコイツらは?」と思っていたが、彼らから言わせれば我々東京都民はSFの世界の住人だと考えれば、どっちもどっちなのかもしれない。

 
 
 
 
 
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見どころはそんなに多くないものの、日没が早いとなれば夕暮れから夜景迄の撮影ボーナスタイムもあっという間にやってくるため、そこまで時間的余裕はなかった。
昼食を済ませた後、数時間以内に日没が訪れるのだから、撮影スポットにも早めに移動する必要があるのだ。

特に、今回は世界一美しいドナウの夜景が見られるゲッレールトの丘からの撮影を目的としていたため、丘へ登るのにかかる時間も計算しておかなくてはならない。

詳細は私のInstagramストーリーアーカイブに載せているが、丘の頂上まで登り切ったものの展望台が工事で封鎖されていて中に入れなかったため、展望台が囲まれている柵の外のわずか数十センチほどの崖に立って写真を撮った(有名な観光スポットが工事中なのはコロナ禍あるあるである)。

苦労した甲斐があり、望み通りの写真を撮ることができた。

 
 
 
 
 
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日没1時間のマジックアワーが終わる頃には撮影を終え、足早に山を下った。
先程述べた通り、高層ビルの無いヨーロッパの夜はとにかく暗い。それが山の上となれば猶更である。時刻は未だ17時過ぎだったが、ゲッレールトの丘はとうに真っ暗だった。コロナ禍でなければ観光客がウジャウジャといて雰囲気が違うのかもしれないが、この時の丘で見かけたのはほんの数人だったし、皆目的が違ったのか離れた場所にいた。
治安の悪い場所ではないので怖さは感じなかったが、寒さも真実味を帯びてきたこともありサッと山を下りることにした。

 

翌日、最終日は国会議事堂見学ツアーに参加した。
以前パリの上院議会を見学したことがあり、ヨーロッパの議事堂は初めてではなかったこともあり、そこまで物珍しくは感じなかったものの、見ごたえがあり楽しいツアーだったので、ブダペストを訪れるのであれば是非このツアーは行程に組み入れることをオススメする。内部の見学写真はInstagramのストーリーに少し載せているので、興味があればご覧いただければと思う。

夜景の話ばかりしてきたが、国会議事堂は昼間の姿も美しい。離れても、近づいても、色んな写真が撮れる。

 
 
 
 
 
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先程、街並みはイマイチだと述べたが、漁夫の砦から国会議事堂を撮影した時に写る建物群は風情があって素敵である。

 
 
 
 
 
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尚、今回私は行かなかったが、ブダペストと言えば温泉も有名である。
温泉巡りも行程に入れたい場合は、もう少し余裕のある日数で旅行した方が良いかもしれない。

 

ブダペストは、初めてのヨーロッパ旅行で選ぶ街ではないだろう。また、行くとしても、日本からはるばる訪れるのであればチェコオーストリアなど他の都市とセットで周遊するケースが殆どだと思う。

したがって、「何が何でもブダペストに行くべきだ」と言うつもりはない。フランスやイタリアに行ったことがないなら、まずはそちらを優先した方が良いと思う。

それでも、自信を持って言えるのは、ブダペストの夜景と国会議事堂の外観は、私が数々のヨーロッパの観光スポットの中でも特に美しいと思える景色の1つであるということである。

少なくとも私と感性が近い人であれば、行って後悔することはないので、死ぬまでに一度は是非訪れてほしい ――――――。

 

 

※【コロナ禍の欧州旅行】シリーズの記事一覧は以下のリンクよりご覧いただけます。

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転勤族と駐在員、方言やあれこれ。

海外勤務経験者が「駐在員とローカルスタッフ(現地採用)は、本質的には永遠に分かり合えない」と言っているのをよく耳にするが、これは日本国内における「全国転勤有の総合職と地域限定職」の関係にも同じことが言える。

どちらが良い・悪いではないのだが、お互い立場が違い、全く異なる悩みを抱えているので、永遠に分かり合えないということだ。

海外勤務手当付の給与や住宅補助等の手厚い待遇を受けている駐在員は、会社からの命令で(時には本人の希望とは関係なく)知らない国へ派遣され、言葉の壁や文化の壁にアタフタしながら日本本社の期待を背負って新しい仕事に取り組む。

自らの意思でその国に住み、腰を据えて働いているローカルスタッフの多くは、その国の言葉や文化に精通しており、仕事そのものについても有能にこなしている場合が多いが、待遇面では駐在員よりも劣ってしまう。
そんなローカルスタッフからすれば、言葉も話せない・文化も知らない・場合によっては仕事も大してできない・どこの馬の骨かもわからない駐在員がひょこっと現れては日本に帰っていくわけだから、┐(´д`)┌ヤレヤレという気持ちになることも多いだろう。

一方の駐在員は駐在員でローカルスタッフの仕事ぶりに対して不満を持っていることも多く、お互い向いている方向が違うゆえに、その主張は平行線だったりする。

 

だが、冒頭に述べたように、これは何もグローバルな世の中となった最近の海外勤務における話に限らず、日本国内における全国転勤有の総合職と地域限定職にも同じことが言える。

聞いたこともない田舎の町への異動を命じられて東京からひょっこりやってくる全国転勤の社員は、その土地の方言も話せなければ現場の仕事のやり方も知らないうえに、数年経つとまた東京へ戻っていくわけだから、地域限定の社員からすれば┐(´д`)┌ヤレヤレとなってしまうが、一方の全国転勤社員も地域限定社員の仕事に不満があったりする。

彼らもまた、お互い向いている方向が違うゆえに、主張は平行線の一途である。

 

言うまでもなく、転勤族と駐在員という概念は排他ではなく、世界各地に転勤のあるタイプの社員であれば転勤族かつ駐在員ということになる。

いずれにしても、このように住居の移転を繰り返しながらキャリアアップしていくことが前提の会社員というのは、1つの土地に根付いて生きている人々と比べると、よく言えば柔軟性があり、悪く言えば根無し草のような性質である(勿論「人による」のだが、それを言うと身も蓋もないので、ここではステレオタイプについて語らせていただく)。

 

例えば、転勤族には地元愛がそこまで強くない人が多い。

誤解のないように補足すると、決して地元が嫌いなわけではなく、その他今まで住んだことのある地と自分の地元を公平な目で見て、それぞれの良いところと悪いところを心得ているから、自分の地元に妄信的になることがないのだ。

一般的に、横浜出身者には横浜が大好きな人が多い。横浜がこの世の至極だと信じてやまない人がとにかく多い。

私は、社会人となるまでは典型的な横浜人だったし、逆に社会人5年目くらいの頃はそんな典型的な横浜人を蔑視していた気がするが、今は横浜も川崎も千葉も埼玉も公平な目で見ることができていると思う。

たった5回の引っ越ししか経験したことのない私ですらそうなのだから、全国津々浦々&地球まるっと全世界での引っ越しを繰り返している人は本当にニュートラルなのだと思う。

さらに、これが転勤族の家に生まれた子どもの場合となると、子どもの頃からニュートラルなわけだから、適応力も柔軟性もずば抜けている一方で、地元という概念があまりないので、地元愛という概念すらなかったりするから面白い。

 

また、転勤族は、本人すらどこの方言かわからない言葉を話していることがある。
基本的に転勤族が転勤先の地で習得して見様見真似で話す方言は、地元の人から見れば不自然極まりないものだったりするが、そもそも彼らは引っ越すたびに新しい方言をランダムに覚えては使っているので、色んな土地の方言が混ざったオリジナル言語を話しているケースも多い。
海外駐在員の場合も同様に、色んな国のアクセントが混ざった英語を話しているケースが多い。仮にその国の言葉が殆ど話せなくても、地元民と話していればアクセントはうつるものだ。

広島に3年間住んでいた私自身も、マトモな広島弁は全く話せないが、広島から東京に引っ越した直後はコンビニの店員から「西側の出身ですか?」と聞かれたことがあった。また、最近は初対面の外国人(特にイギリス人)から「なんでお前の英語フランス語訛りやねん」とよく聞かれる。フランス語が殆ど話せないので複雑な気持ちだが、住んでいる土地の地元民が話している言葉のアクセントというのはうつるものだ。

 

在宅勤務やノマド型ワークスタイルの普及により、職場と住居の所在地が一致しない新しい生活様式も一般的となりつつある時代変化を踏まえると、いずれは転勤族や駐在員という言葉も死後と化す日が来るかもしれない。

近未来の人類は、全員がノマド化することで全員がかつての転勤族のようなメンタリティになるのだろうか。あるいは、ノマドたちがお気に入りの土地で定住を始めることで各地方に新たな文化や習慣をもたらすのだろうか。

先のことは誰にもわからないが、もしこのブログ読者の方々の中で、人生で一度も引っ越しをしたことのない方がいたら、是非一度は経験することをオススメする。

環境が変わっても人は変わらないとは言うけれど、本人の中では何かが変わるはずだから――――――。

 

※「色々考察」シリーズの記事一覧は以下のリンクよりご覧いただけます。

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【コロナ禍の欧州旅行】クロアチア・ドゥブロブニク編~素敵なホテル担当者に感謝~

日本帰国まで秒読みとなった2021年の冬、オミクロン株の流行により各国は再び規制強化の方向に動き始めていた。

キリスト教圏内の国々ではクリスマス前後は観光地も基本休業なので、平常運転しているイスラム圏のエジプトやモロッコへ旅行をしたいと考えていたが、先に述べた感染症の状況を踏まえると、大陸を越えると最悪の場合フランスへ戻れなくなるリスクも無きにしも非ずだったため断念し、欧州圏内で目的地を探すことにした。

その後、12月全体の計画を色々考えた結果、クリスマスと年末年始はパリで過ごす予定を入れたため、旅行できるのは12/26~12/28の2泊3日となり、この3日間に観光地が休業しておらず、かつ天候が良い都市を選ぶ必要があった。
特に12/26は休業している観光地やレストランが多く、仮にネット上の情報で営業していると書かれていても、それはコロナ前にアジアからの観光客需要があった時代の話で、欧州圏内の旅行者しか見受けられない今年は休業しているという可能性もあり、油断できない。
また、冬の欧州はとにかく天候が期待できず、どこの都市も荒れ模様の予報が目立った。

そんな中、2泊3日でも楽しめそうで天候も良さそうなのがクロアチアのドゥブロブニクだった。
アドリア海に面する南クロアチアの都市、魔女の宅急便の舞台になったと言われている町である。

 
 
 
 
 
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一般的には夏に訪れる観光地なので、閑散期の12月はホテルの値段も安かった。元々物価が安いのもあるが、条件次第ではパリの3つ星ホテルよりも安い値段で5つ星ホテルも予約可能だった。

一番の問題はクリスマスシーズンの観光地・飲食店の休業情報だったが、5つ星や4つ星ホテルの担当者であれば、予約前でも質問すれば答えてくれるのではないかと考え、実際に泊まりたいと思った5つ星と4つ星の2つのホテル担当者にBooking.comを通じて連絡を取り質問することにした。

驚いたことに、どちらも返信が早い上に非常に丁寧だった。この事務処理能力の高さ・ホスピタリティは欧州では他に経験したことがない。
未だ予約していないのにもかかわらず、「営業している飲食店と観光地を調べて、明日までにリストにして送るわね!」と前向きな返信をくれたうえに、その日の夜にはリストを送信してくれた。楽しみにしていた城壁巡りとロープウェイは営業していること、数は多くないが飲食店も営業していることがわかり、ドゥブロブニクに行くことを決めた。
ちなみに、結局5つ星ホテルはBooking.comの価格変動システムの関係で値上がりしてしまい、私が考えていた予算を超えたので、4つ星ホテルの方を予約することにしたが、結果としてこのホテル「Bota Palace」の担当者がとにかく素晴らしい人間だった。

 

ドゥブロブニクに行く場合、夏季であればプリトヴィッツェ湖群国立公園にも立ち寄るのが定番コースだが、この公園は冬に行くような場所ではなかったため、今回はドゥブロブニクのみで2泊3日で丁度良かった。

ただ、2泊3日と言っても、冬場は飛行機の本数が極端に少ない上に乗り継ぎがかなり悪かったため、実質マトモに観光できるのは真ん中の1日だけであった。裏を返せば、ドゥブロブニクだけであれば丸1日あれば十分なのである。

パリから行く場合、一度ザグレブクロアチアの首都)まで国際線で渡航し、そこから国内線に乗り換えてドゥブロブニクに行くのだが、初日は日没後に到着し、最終日は日が昇る前にはホテルをチェックアウトする必要があった。
往路は国際線が遅延し、ターミナルに降り立つ頃には国内線の出発時間が過ぎていたので一瞬頭が真っ白になったが、そもそも次の国内線を利用する乗客の大多数を我々パリ組が占めていたようで、国内線は我々が到着するまで待ってくれていた。

空港からドゥブロブニク市街地も少し離れており、移動手段は市営バスかホテル送迎の2択となる。所要時間も利便性も差がないのに、価格は雲泥の差だったので、市営バスを使いたいと思っていたが、バス会社の公式ホームページや時刻表が色々適当でイマイチ信用できず、本当にバスは運行しているのか不安だった。
そんな思いを抱きながら旅行準備を進めていると、ホテルの担当者から連絡があり送迎要否を尋ねられたため「私はお金持ちではないので市営バスで行こうと思っているが、本当にバスが運行しているか不安。時刻表には○○と書かれているが12/26もこの通り運行しているか?」と話してみたところ、「あなたの言う通り、市営バスの方が良い選択だと思う!バスの時刻表は私が調べるから、少し待っててね」と言って、バスの運行情報を確認してくれた。コロナ禍の旅行情報は、現地語ができないと正確な情報を得ることが難しいので、本当に助かった。
結果、バスは利用可能であったため、送迎を頼むと数千円かかるところを数百円の出費に抑えることができた。
ちなみに、バスと言っても実際に来たのは6人乗りのバンのような車で乗客も他に1組いる程度だったので、殆どプライベート送迎と変わらない気がした。

東欧の日没は西欧より早いこともあり、市街地に到着した頃には既に真っ暗だったが、メインの大通りに並ぶクリスマスマーケットの出店のおかげで少し華やかだった。とはいえ、大きなものではなく、東京でいうと小さな下町の神社で行われるお祭りに並ぶテキ屋くらいの規模の小さなマーケットである(滞在期間が短いため、全てクレジットカードでやり過ごす予定で現地通貨を用意していなかったところ、このクリスマーケットは現金支払いのみ可だったので、一度も利用はしなかった)。

例のホテル担当女性からは「あなたが到着する時間には現地にいるようにするから、時間がわかったらWhatsAppで連絡してね」と言われていた。3つ星以下のホテルでは他国でも経験済みのパターンだが、4つ星ホテルでフロントが常駐でないのは珍しい。
とはいえ、ドゥブロブニクのような小さな町で、かつ閑散期なのだから従業員を常駐させる余裕がないのは容易に理解でき、全く不快には思わなかった。むしろ、先程から述べている通り、この担当女性は本当に親切で事務処理能力も高い人だったので、WhatsAppで適宜やりとりができて大変助かった。

無事ホテルに到着すると、彼女は明るく私も出迎えてくれた。チェックインを済ませ、部屋を案内してもらう―――――利便性、外観、内観の全てが気に入った。
とりあえず空腹だったので、彼女が教えてくれた飲食店「Taj Mahal Old Town」を訪れ、彼女のオススメのスープと肉料理を注文した。美味しい。観光地にしては良心的なお値段だし、とても満足した。彼女からWhatsAppで感想を聞かれたので、写真を添えてとても美味しかった旨返信した。
尚、私は翌日も彼女のオススメのレストランを廻ったが、毎回彼女に食べたモノの写真を送り感想を伝えた。どのレストランも本当に美味しかった。

翌朝、ホテルで出された朝食も飛び上がりたくなるくらい美味しかった。3種類の選択肢の中からオムレツを選んだのだが、大当たりだった。ワンプレートにオムレツとマッシュルームとサラダが載っていて、栄養バランスも良好。基本的に東欧の方が西欧より日本人の食生活に近いため、当たりの食事が多かった気がする。

朝食を済ませ、少し市街地を散歩した後、城壁巡りの入り口に向かった。天気予報が変わり、時間帯によっては大雨と雷のマークが出ていたため、天気が崩れる前に主要スポットを廻りたかった。
営業時間より少し早めに到着したところ、既にスタッフはいたものの「あと4分だから、もう少し待ってね」と言われた。
このスタッフといえ、ホテル担当者といえ、私が出会ったクロアチア人は皆フランス人並みにフレンドリーなのに日本人並みに事務処理能力が高く時間に正確である。

不思議なことに、私が城壁を歩き始めると、朝の時点では曇っていた空から次第に雲が消えてゆき、良い写真が沢山撮れた。

 
 
 
 
 
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午後はロープウェイで山頂に登り、展望台よりもさらに景色の良い場所を探して舗装されていない崖のような場所にも足を踏み入れながら撮影スポットを射止めた。
その時に撮影した写真が、このブログの冒頭で掲載した写真だが、御覧の通り、幸運にも午後まで空は晴れ続けてくれていた。

雷が轟き、大雨が降ってきたのは、私が早めの夕飯を済ませてホテルに戻った後だった。翌朝のフライトが朝6時台で、朝5時にはホテルをチェックアウトしないといけなかったので、早めに寝るために早めにホテルに戻ったのが理由で、天候は本当に偶然である。この時は本当にビックリするくらい運が良かった。

さらに嬉しいことに、ホテル担当者の女性から「あなたは明日朝早くてホテルで朝食をとれないから、代わりに私が弁当を作るわ」というメッセージが届いた。どこまで親切な人なのだろう。勿論、弁当といっても日本人が想像するような弁当ではなく、パンと果物とヨーグルトとスナックの詰め合わせのような簡易的なものなのはわかっていたが、それだけでも本当に本当にありがたかった。

滞在期間が短かったうえに、そもそもドゥブロブニク自体がとても小さな町でフォトスポットも限られるので、Instagramに投稿したのは2回×2枚=計4枚の写真だけだが、その裏には語り尽くせないほどのおもてなしが存在した(ちなみに、同じInstagramでもストーリーズアーカイブの方には食事の写真等も色々上げているので、ご興味があればご覧いただきたい)。
ジェラート屋さんやお土産屋さんなど、夏の繁忙期であれば賑わっているであろう店もその殆どが休業していたが、そんなことはどうでもいいくらい、幸せな気持ちになれる旅行だった。

在仏生活の最後の旅行に、この場所を選んで本当に良かったと思っている。

 

※【コロナ禍の欧州旅行】シリーズの記事一覧は以下のリンクよりご覧いただけます。

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【フランス生活】不便が前提だから助け合えるパリ、便利が前提だから他人に無関心な東京

パリの地下鉄の駅にはエレベーターやエスカレーターが無いケースが多い。その他、居住用・商業用の建物内であっても階段しかないことも少なくない。エレベーターはあったとしても非常に狭く、スーツケース2つ乗せるのがギリギリみたいなサイズが多い。エスカレーターがあるのは大型の駅やデパートなど、要は横幅が十分に確保できるくらい広々とした場所だけである。

ゆえに、基本的にパリでメトロに乗る時は、スーツケースや大きな荷物を持っていても階段を上り下りしなくてはいならない。

 
 
 
 
 
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手が2つしかないので、3つ以上荷物を持ち運ぶ必要がある時はさすがにタクシーやウーバーを使ったが、荷物2つなら公共交通機関だけで移動することもあった。階段の上に1つ荷物を残したまま、もう1つの荷物を持って駆け下り、その後もう1つの荷物をそこまで下ろすこともあったが、不用心なのでなるべく気合で2つ同時に持って下りるようにした。

だが、そんな時は十中八九、誰かが声をかけてきた―――――。

「大丈夫?手伝いますよ?」

最初は警戒心から断ることもあったが、本当に親切心で声をかけてきてくれていることが徐々にわかってきた。

仮に断ったとしても、「いや、あなたにこの荷物を1人で運ぶのは無理!私が手伝うから。一緒に運びましょう。わかった?」と言って結局手伝ってくれることが多い。

私のスーツケースなんぞはどうでもいいとしても、ベビーカーや車椅子の人だっているわけで、階段以外の選択肢が無い以上、誰かが手伝わないとその人たちは下りることができないのだから、助け合いは当たり前なのだと理解した。

そして私も可能な限り困っている人がいた時は助けようとした。大概、私より頼りになりそうな人が先に手を差し伸べるので、誰かの役に立てることは殆ど無かったが、少なくともそれが当たり前の考え方なのだとは心得ていた。

 
 
 
 
 
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そして、助けが必要な人は自分から頼んでくることも多く、とてもわかりやすい。電車の中では、よく高齢者や妊娠中の人等から「私座りたいから、席譲ってくれる?」と声をかけられた。日本では優先席やカバンにつける妊娠中のタグなどがあり、便利で良いものではある一方で、コミュニケーションを取らずに物事を解決できるゆえに他者に無関心になありがちである。

その他にも、折り畳み式の座席に座っていると「電車が混んできたから立ってくれる?」と言われることがあった。日本人の感覚だと全然混んでいるとは思えない程度の混み具合だったので座り続けていたが、この街の基準では既に椅子を折りたたむ必要がある混み具合だったらしい。とにかく彼らは人と会話をする。日本、特に東京では一言も発さずに済むような場面でも会話が起こる。

 
 
 
 
 
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東京・首都圏で駅改札口を通り抜ける際、SuicaPasmo等の交通系ICカードの残額が足りずに引っかかってしまうと、後続の乗客たちにも迷惑をかけてしまうこととなり、中には思い切り舌打ちされる場合もある。皆が忙しいのに、自分の間抜けな不注意のせいで流れを止めてしまうわけだから、もちろん自分が悪いわけだが、一方で都民は予定調和を当たり前と考えすぎている部分はあると思う。

パリの地下鉄は全区間統一料金のため、改札にICカードをタッチするのは乗車駅だけで、降車駅の改札のゲートは手で押して開ける手動タイプとなっている。通勤ラッシュなどで混んでいる時間帯は、次の人のために扉を押さえてあげるのが通例で、後続の人は必ずお礼を言う。扉を押さえている人は、後続者がモタモタしていても気にせず待ってくれる(フランスでは、エレベーターに「開」ボタンはあっても「閉」ボタンはないので、フランス人は待つことに慣れているのかもしれない)。

お礼というのは、言うのも言われるのも気持ちが良いものだ。フランスに住んでいた頃は、1日に5回以上は他人にお礼を言う場面があったせいか、どんなに電車が遅れたり途中で止まったりしても、不思議とそんなにイライラすることはなかった。

日本では「ありがとう」の代わりに「スミマセン」を言うことが多いが、「スミマセン」を言うと自分が悪いことをしているみたいで気分が沈む。「こんにちは」の代わりに「お疲れ様です」を使うことも多いと思うが、これも何だか疲労感が増す気がする。フランスに長く住んでいる日本人から届くビジネスメールは「お世話になっております」ではなく「こんにちは」で始まる。日本に住む日本人ももっと「こんにちは」と「ありがとう」を使えばいいのに、と思ってしまう。

 
 
 
 
 
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帰国して数ヶ月が経ったある日、在宅勤務の昼休みに仕出し弁当を買いに近所の小料理屋を訪れた。コロナ以降急激に増えた、居酒屋や料亭が昼間店外に弁当を並べて持ち帰り用の弁当を売るパターンの営業形態である。

私が弁当を注文し支払いを済ませ提供を待っている間、車椅子に乗った高齢の女性と介護士が店の前に現れた。

「中で食べることもできるの?」

介護士が弁当販売をする店員に尋ねた。

「はい、できますよ。2階でお召し上がりになれます」

店員が回答する。

「エレベーターはある?」

再び介護士が尋ねると、店員は残念そうな表情で、

「すみません、無いんですよ・・・・」

と答えた。

 

この時、私は「手伝いますよ」と言いかけて、声を飲み込んだ。2階まで車椅子を運ぶことさえできれば良いのだから、誰かが手伝えばいいだけの話だと思った。だが、店の人が弱腰なところを見ると、恐らく店内も忙しく彼女たちのために時間を割ける人員もおらず、さらには仮に何か事故があっては大問題なので、面倒には関わりたくないのだろうと察した。勿論、もっともである。反論するつもりはない。また、私自身も彼女たちが食べ終わるまで待って帰りも手伝うことができるかというと、仕事があるので難しい。中途半端に手を出して迷惑をかけるつもりもなかったので、何もできずにただその情景を眺めていた。

 

「そうですか」

介護士はそう言って、車椅子を押しながらその場を立ち去って行った。
その後、私も弁当を受け取り、小料理屋を去った。

 

何が正しくて何が間違っているという話ではない。ただ、エレベーターがあるのが当たり前だから、そうでない場合は諦めるしかないというのも何となく悲しいと感じた。

便利なのが当たり前になると、そうでない場合のアクションが鈍くなる。人間同士が助け合えば簡単に解決するような場合も、コミュニケーションの面倒さからつい逃げ出してしまいがちになる。これは私自身に大いに当てはまることである。

「日本は便利だけど、日本では暮らせない」という在仏日本人の言葉の意味が、少し理解できた気がした。

 

※【フランス生活】シリーズの記事一覧は以下のリンクからご覧いただけます。

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【コロナ禍の欧州旅行】イギリス・ロンドン編

コロナ禍に旅行した12ヶ国のうち、最も入国ルールが厳格だったのがイギリスであった。EU・シェンゲン圏内の往来が自由になってからしばらく経っても、英国だけは中々その国境封鎖を解いてくれなかった。

そんなイギリスへ、漸く自由に旅行できるようになったのは2021年秋のことだった。
だが、依然としてルールはEU圏内の国に比べて厳しめで、渡航前・到着後2日目に抗原検査が必要で、かつ入国前に記入提出するオンラインフォームも他の国のそれよりも細かい内容であった気がする。

渡航前に到着後2日目の抗原検査を予約し、その予約番号をオンラインフォームに入力しないといけない。手間だし面倒だが、良く出来たシステムだとは思った。

コロナ禍に散々旅行したこともあり、入国規制等を確認するために様々な国の政府機関ホームページを見てきたが、イギリスはかなりユーザーフレンドリーでわかりやすいホームページを提供していた。ルールは厳しかったが、必要な情報が1ヶ所にまとめて書かれていたので、以前の日本の厚生労働省のホームページのように複数ページを確認しないと結論がわからないみたいなことはなかった。

 
 
 
 
 
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冬の欧州はとにかく天候の優れない日が多いのだが、この時のロンドンも曇りと雨のオンパレードだったので、写真を撮るのには相当苦労した。
まあ、ロンドン自体がそこそこ近代的な街並み(東京より田舎だが、パリよりは都会)なので、そこまでキャーキャー騒いで写真を撮る必要もなく、友人と食事や買い物、美術館鑑賞をゆっくり楽しめたので、十分満足している。

恐らく、一番ロンドンらしい写真が撮れたのは、以下の公衆電話ボックス。
ロンドンと言えば「赤」というイメージがあったが、茶色と白を基調とした建物たちの中にひょこっと現れる赤い電話ボックスとバスは予想通り可愛くて、もし私がこの町に住んでいたらメインの被写体として撮りまくっていたと思う(ポルトガルリスボンで言うと、路面電車のような立ち位置である)。

 
 
 
 
 
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どこの都市でも撮りたくなる「通りからひょっこりモニュメントが見える写真」は、ロンドンだと以下のような感じ。セントポール大聖堂へ続く道にロンドンバスが走っている。後方に見えるuglyな近代建築も歴史的な街並みに溶け込んでいると感じるのは、やはりロンドン自体がパリよりも近代的な都市で、近代建築も街並みの一部として既に馴染んでしまっているからだろうか。

 
 
 
 
 
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とにかく物価は高かったが、各国料理のレストランが充実していて、食事に困ることはない。定番のフィッシュアンドチップスも1度食べたが、あとは友人の従兄弟(イギリス在住)オススメのタイ料理や中華などを楽しんだ。

一部の美術館・博物館が無料で入れる一方で、有料の観光施設はとことんチケットが高い。1つの施設が結構広々としていて、真剣に見て歩くと時間が足りないので、無理に全てのスポットを廻ろうとせずに、興味のある場所に絞って訪れた方が楽しめると思う。

 
 
 
 
 
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正直、ロンドンについては観光そのものよりも、街歩き等を通じて感じたちょっとしたことの方が思い出に残っている。

まず、街中や電車の中で人々が話している言葉が(全部ではないが)理解できてしまうという状況が久しぶりすぎて新鮮だった。

フランス語がマトモに話せない人間がパリの街を歩いていると、街の人の会話はBGMのように聞こえている。たまに知っている単語が出てくるが、基本的に音楽を聴いているような感覚である。スペインやポルトガルを旅行した時も、フランス語以上に何もわからないので、会話は全てBGMだった。知らない外国語の会話がBGMが耳に入ってくるのも、異国情緒を感じられて好きだった。

これがロンドンとなると、皆が英語を話しているので訳が違う。
BGMではなく、家族の話やテレビの話や食事の話をしているのが耳に入ってくる。目からも耳からも入ってくる情報量が多すぎて、何だか気疲れしてしまいそうだった。
例えるならば、普段裸眼でお風呂に入っている視力0.01の人が昼間にメガネをかけて浴槽を覗いたら予想以上に汚れていたという時の衝撃に近い。イギリスでさえこれなのだから、日本語圏に戻ったら顕微鏡で微生物を見ているレベルで情報が入ってきて疲れ果ててしまうのではないかと危惧したが、後から述べる理由でそうはならなかった。

今回一緒に旅行したのは、同じくフランス語が殆ど話せないアメリカ人の同級生だったが、彼女は「パリは大好きだけど、やはり町の人たちと会話ができないのは寂しいから、やはり住むなら英語圏が良い。ロンドンに来て、久々に店員などと会話ができて楽しかった。何だかアメリカが恋しくなった」と言っていた(誤解のないように補足しておくと、彼女はアメリカ国籍で長年アメリカに住んでいるが、元々はマレーシア出身で英語は第2言語である)。

「ロンドンでは町の人と会話ができて楽しい」というのは私も同意見である。パリのデパートやレストラン等でも店員と会話をしていて十分楽しかったが、やはり自分がフランス語が話せないせいで会話は限定的だったのだと気付かされた。

一方で、「町の人と会話ができるという点で日本が恋しいのか?」と自分の問いかけた時、私は首を傾げた。
そもそも日本(少なくとも東京)では、町の人とフレンドリーに会話する習慣がない。他人とは必要最低限の会話しかしないので、日本語レベルがA2だろうがC2だろうが、会話の内容に差は出ない。

実際、私が東京で店員と交わす会話は、パリで店員と交わす会話と大差ない。いや、むしろパリにいる方が店員とフレンドリーに色々話せて楽しいと感じていた。
同じ文化の西洋圏で比べれば、言葉の通じるロンドンの方が通じないパリよりもよりフレンドリーに会話できて楽しいのかもしれないが、そもそも他人と会話する文化の無い東京から来た人間としては、パリでも十分楽しいのだ。言葉以上に文化の違いというのは大きいと、つくづく実感した。

 
 
 
 
 
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ロンドンとパリは近くて遠い。陸路で国境を超えることは、シェンゲン圏内であれば何度も経験していたので、圏外のイギリスとはいえパスポートとカバンを見せればすぐに電車に乗車できるのだろうと高を括っていたが、大間違いだった。

駅の片隅に大げさなゲートが設置されており、今までの人生で経験したどの空港のコントロールよりも厳しかった気がする。渡英の目的や、フランスで何をしているのか、ビザの有効期限に関することまで、細かく質問を受けた。同じシェンゲン圏外の旅行でも、トルコを訪れた際には空港でも殆ど何もチェックされなかったので、当たり前だが国による差が大きい。

 
 
 
 
 
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www.instagram.com完全に主観だが、ロンドンはパリと東京を足して2で割ったような街だと感じた。
パリよりは便利で暮らしやすいのかもしれないが、どうせヨーロッパに住むなら私はまたパリに住みたいと思う。勿論、ヨーロッパ諸国を旅行するうえでEU加盟国かつ地理的に利便性が高いフランス・パリが有利というのもあるが、単純に都市同士を比べても、私はパリの方が好きである。

とはいえ、ロンドンに住んだことはないので、もし機会があれば住んでみたいし、そのうえでキチンと比較してみたい。

きっと、何か新しい発見が、あるはずだ―――――――。

 

※【コロナ禍の欧州旅行】シリーズの記事一覧は以下リンクよりご覧いただけます。

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ディズニープリンセスは女性の社会進出の歴史

「女性の歴史を知るには、ディズニープリンセスを観るのが手っ取り早い」って言うくらい、ディズニープリンセスシリーズの映画を観ると、各映画が公開された各時代における女性の生き方がわかります。

厳密に言うと、アメリカの女性の歴史なのかもしれないけど、日本含め多くの国が同じ時代を歩んでいるんじゃないかな。

ちょうど先日、アナと雪の女王劇団四季版を観てきました。
9年前にこの映画を映画館で観た時、「ついにディズニーもここまで来たか。これを観たキッズたちが大人になる頃には、益々少子化が進みそう」と感じたことを思い出しました。

ディズニープリンセスって、登場人物の性格や物語の教訓が、原作の童話とは完全に置き換えられていたりするから興味深いんですよね。

1937年・・・お姫様は静かに眠り、いつか王子様が来てくれるのを待ち侘びていれば良かった「白雪姫」の時代。
1950年・・・第二次世界大戦直後、多くの男性が戦死したことで、女性はとにかく必死に積極的に結婚相手を探す必要があった「シンデレラ」の時代。
ちなみに、原作・グリム童話のシンデレラは、こんなに積極的な性格ではありません。
1991年・・・フェミニズムの台頭と封建主義の崩壊が、ちょっと極端な形で描かれた「美女と野獣」の時代。
女性の社会進出が進んだことで、新しい時代の女性を描きたかったのだろうけど、色々と中途半端で無理があるのが特徴(笑)
まあ、日本だと、男女雇用機会均等法と共同参画社会基本法の狭間の時代ですから、この中途半端感がしっくりきます。
1997年(※再公開年)・・・生まれ育った地域の伝統や家系に縛られず、一目惚れした男性と駆け落ちして都会に移住することにステータスがあった「リトルマーメイド」の時代。
日本だと、渋谷のような街に求心力があった時代で、成功を夢見て地方から上京する若者が多かったり、出来ちゃった婚がブームになったりした時代。
現在のようにインターネットが普及すると、地方格差が無くなり、このような考え方も衰退しますよね。

私は特にディズニーに詳しいわけではないし、映画も全て観ているわけではないのですが、(ついでに言うと、フェミニストでもないw)、観る機会を得られた際には、毎回そういった部分に注目して観てしまいます。

・・・で、本題の2013年。
アナと雪の女王がすごいと思ったのは、アナがハンスと結婚すると言った時、姉エルサが「出逢ったばかりの人と結婚なんて絶対に認めない」趣旨のセリフを言い放ったこと。
歴代のプリンセスがほとんど一目惚れで結婚してるゆえ、このセリフはとても印象的でしたね。極めて現代的。
DVや結婚詐欺など、様々な危険がはびこる現代社会において、エルサはとても大事なことをキッズたちに教えてくれていますね。
アナは最終的に、白馬に乗った完璧な王子様ではなく、人間味のあるクリストフという男と結ばれるわけですが、この恋愛の過程も極めて現代的。
2人は協力して様々な困難を乗り越えていく中で、いつしか恋仲になるわけですから。
我々の現実世界でも、部活とか学園祭の準備とか、力を合わせて何かを頑張っていく中で、自然とお互いに惹かれ合って、相手のダメな部分も含め認め合い、恋に落ちるというのが現代人の典型的な恋愛。
ディズニープリンセス映画がそれを体現しているのは、とても新鮮でした。
そして、エルサの方に至っては、なんと恋人がいない設定。これも斬新でしたね。
歴代プリンセス13人の中で一番年上にもかかわらず、唯一恋人がいない設定なのが彼女です。

劇団四季版には出てこなかったけど、社会現象となった劇中歌のうちの1つ「生まれて初めて(リプライズ)」のシーン、これもすごい印象的でした。
何よりも、現代における女性(というより人間)の意志の強さとか、誰かを守ろうとする気持ちとか、そういった類のものを的確に表しているように思えます。
「山を下りて一緒に帰ろう。子どもの頃のような関係に戻ろう」というアナに対して、エルサは「自身の脅威からアナを守りたい」という気持ちから「できない」と言います。
それに対して、アナは「守ってもらわなくて構わない。私は恐れていない。だから戻ってきて」と言うんですよね。
いやあ、強い。この種のカッコよさをディズニープリンセスの主人公に感じたのは初めてです。
さらに、歌い終わった後、クリストフが「アナ、行こう」と言いますが、「行かない。エルサ、あなたを置いては行かない」と強く答えるアナ。
それでも「行きなさい」と言って、(アナのことを思って)強制的に帰そうとするエルサ。

兄弟姉妹のいない私が言うのは恐れ多いけど、「姉妹の関係性」という側面でシンデレラと対比すると感慨深いです。
シンデレラにおける姉妹は、結婚相手を取り合うライバル同士という関係性。自分が幸せになるためなら、他の犠牲は厭わないのが彼女たち。
一方、アナ雪における姉妹は、真逆ですよね。まず、妹の危ない結婚を姉が止める。そして、2人とも、自分を犠牲にしてでも相手を守ろうとしています。
自分の幸せよりも先に相手の幸せを考えられるようになったのは、60年以上の年月を重ねて変化した経済的な豊かさなども関係するんでしょうけど、中々考えさせられます。

アナと雪の女王は、何かと社会現象になりましたけど、個人的に一番感銘を受けたのは以上のようなところですね。
(「英語版も良いけど日本語吹替版の歌詞もかなりスゴイんだぜ」とか「劇団四季の新日本語版が印象的だった」みたいな全然違った視点のことも色々語りたくなりますが、まあこの辺りは他の方も色々考察されていると思うので、今回は割愛します)

あと、アナ雪の次に公開された「モアナと伝説の海」についても語りたいことが沢山あるのですが、これはまた別の機会に。
一番好きなセリフに関する考察は以前書いた下記の記事で既に語っていますが、社会背景との考察も別途やりたいなと思っています。

monamilyinparis.hatenablog.jp

・・・ということで、今までディズニーに興味のなかった方も、ぜひ観てみて下さい。
(私も子どもの頃はジブリ派で、大人になってからディズニー好きになった類の人間です)
世の中の変化がわかって面白いですよ!

 

※雑多な考察系の記事一覧については、以下のリンクよりご覧いただけます。

monamilyinparis.hatenablog.jp

季節を感じるパリ・秋編

同じ場所でも季節や天気が違えば全く違う顔を見ることができるのは、パリも例外ではない。

私は2020年10月に渡仏し、2022年1月に帰国したため、2回経験できた季節とそうでない季節がある。

秋については2回経験しているが、事実上1度目の秋はロックダウンしていただけでなく、学校の課題で大分忙しく、そもそも写真を撮ることへの情熱が芽生える前だったので、秋のパリをきちんと撮影したのは2度目の秋が初めてだった。

2度目の秋も学校の課題は忙しかったが、季節の移ろいはタイミングを逃すと次は1年後となってしまうので、可能な限り予定を調整して撮影に出かけていた。

「日本は四季が美しい」という考えに反対するつもりはないが、原色系というか、ビビッドカラーの色合いが好きな人間ということもあり、私が見ていてワクワクするのはフランスの四季の方である。

 
 
 
 
 
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上記はパリでも人気のフォトジェニックなスポットだが、御覧の通り華やかで色鮮やかである。そしてカワイイ。そう、私に言わせれば、とにかくパリは可愛いのだ。

特にモンマルトル地区は、サクレクール寺院や丘から眺めるエッフェル塔などを季節で変わる色とりどりの木々と一緒にフレームに収めることができるスポットが沢山あり、写真を撮るには絶対に外せない場所である。

 
 
 
 
 
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上記はサクレクール寺院へと続く坂を上る途中のポイントで撮影。観光スポットど真ん中なので、マトモな写真を撮ろうとすると、人が通り過ぎるタイミングを待ってシャッターを切る必要がある(2021年の秋でもそのような状況だったので、コロナ禍でなければ撮影はかなり難航することが予想される)。

ここは、秋だけでなく春もピンクで春らしい写真が撮れるのでオススメだが、正直なところ、肉眼でパッと見て「キレイ!」というスポットではなく、そこそこ工夫して撮らないとそれっぽい写真が撮れないのでご注意いただきたい。

 
 
 
 
 
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こちらもモンマルトル地区。通りの名前が書かれたプレート(道路看板)も、私のお気に入りの被写体の1つで、プレートそのものもカワイイが、上記のように自然とコラボレーションさせるとさらに良い感じになる。最も、このパリのプレートのおかげで、東京でも町名と番地が書かれたプレートを意識的に見るようになった。

 
 
 
 
 
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モンマルトル地区の最後は、丘の上から眺める我らがエッフェルさん。この場所は本当に本当に言葉では言い表せないくらい大好きな場所で、特に夕焼けに染まった姿が美しいので、もし初めてのパリ旅行であれば、夕暮れ時に訪れることをオススメする。パリの無料展望台では、ラファイエットの屋上と並んでナンバーワンのスポットだと思う。

今回の写真は秋の風景だが、秋らしい色の木々の背景にオスマン建築の屋根、その向こうにエッフェル塔と街並みが映る趣深い景色が見渡せる。

 
 
 
 
 
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所変わってヴォージュ広場。こちらは自分で撮った写真ではなく、自分が被写体になった写真。この場所はヒトを入れて撮影する方が個人的に良いと思っているので、秋らしい背景で自分の写真が欲しい人は、この場所で写真を撮ってもらうのをオススメする。

 
 
 
 
 
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www.instagram.comこちらはプランタンの屋上から撮影。同じ百貨店の屋上だと断然ラファイエットの方が訪れる価値は高いが、マドレーヌ寺院とアンバリッドを真正面に紅葉した木々を見下ろせるスポットはプランタンの屋上だけなので、秋の写真を探しているのであればオススメ。

 
 
 
 
 
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リュクサンブール公園。たまたまベンチに座っていたパリジェンヌを被写体に撮影。この公園の好きな所の1つは、美しい自然の向こうにひょっこりパンテオンが見えること。

 
 
 
 
 
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www.instagram.comどの季節に訪れても美しい公園だし、散歩するだけでも気持ち良い場所だが、特に春と秋がオススメである。

 
 
 
 
 
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最後は関係者以外立ち入り禁止の場所で申し訳ないが、私の通っていたパリ第二大学の最上階(フランス式7階)の窓から眺める景色。こんな風にサクレクール寺院がキレイに見えるお気に入りスポット。残念ながら、コロナ禍で授業は初日を除きオンラインとなってしまったため、この場所で授業を受けたのは雨天の初日のみで、この景色の恩恵に与れたのは卒業(大学院なので正確に言うと修了)後、卒業証書を取りに行ったタイミングであった。

 
 
 
 
 
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さて、いかがだっただろうか。今回は季節感のある記事を書きたくて、「季節を感じるパリ・秋編」という企画で書いてみたが、好評であれば、また次の季節が訪れるごとにに冬編・春編・夏編も特集していきたいと思う。乞うご期待!

 

※もし、今日ご紹介した写真を気に入っていただけた場合は、Instagramの元投稿写真にも「イイネ(Like)」を押下してくださると、大変嬉しいです。

【フランス生活】パリで一番の眺望が見渡せる部屋に閉じ込められた話~後編~

※前編を未だご覧になられていない方は以下↓のリンクよりお読みください。

monamilyinparis.hatenablog.jp

 

~ 以下、前回のつづき ~

 

窓の外に広がるパリの大パノラマに背を向け、私は真剣にドアノブのネジ穴と向き合った。

集中力が限界を超えそうになった時、空回りしていた取っ手が少し重くなったのを感じた。人差し指の爪がボロボロになった右手で、ゆっくりとドアノブを下に引く。

 

動いた!!!

 

どのくらいの時間、私は軟禁されていたのか全く思い出せない。時空の曲げられたような異世界では、1秒も永遠のように感じた。
特徴のない小綺麗なリビングルームも、この時は天国のように見えた。

外に出られた。これで無事に年末年始を迎えられる――――。

ドアのネジ穴は相変わらず緩かったので、再びドアノブが外れる恐れがあると判断し、ドアは開けたまま固定することとした。そして、部屋を移動するときは携帯電話を肌身離さず持ち歩くことを誓った。私は所謂スマホ依存症とはかけ離れたタイプの人間だと自負しているが、危機管理の観点ではスマホは手放さない方が良いと実感した。現代社会では、他者と連絡が取れなくなると、完全に外界と遮断されてしまうのだ。

久々にスマホとパソコンが手元に返ってくると、私は小一時間の間に起きたと思われる浮世離れした出来事をとにかく友人に話したい気分になり、メッセージを送った。同時に、ドアノブが壊れたことをAirbnbのホストに話すべきかを相談した。

壊したと咎められて弁償しろと言われるのか、むしろ閉じ込められたと騒げば宿泊料を割引してくれるのか、あまりにシュールすぎる出来事だったので、はっきり言って全く見当がつかなかった。Yahoo!知恵袋で「Airbnbに泊まったらドアノブが取れて部屋から出られなくなりました。何とか出られましたが、ホストには正直に言うべきでしょうか?」なんて質問は一度も見たことがない。日本でそんな物件があったら見てみたい。

 

色々検討した結果、事実は事実として伝えるべきだということになり、私はホストにメッセージを送信した。

「窓を開けたら風が吹いて、寝室のドアがバタンと閉まって、ドアノブが外れて部屋から出られなくなった。何とかドアを直して部屋から出られたから良かったが、依然ネジ穴が緩いようなので、再発防止のためにもドアを直した方が良い」――――― こんな感じの文章だったと思う。

 

ホストはフランス人の若い白人男性で、夫婦と幼い子供でこの豪邸に住んでいたようだった。宿泊前の事前やり取りでも親切に感じ良く対応してくれたので、とても良いホストだとは感じていた。

果たして、私のドアノブに関するメッセージを読んだ彼は怒るだろうか、驚いて謝るだろうか――――― 反応が全く予測できず、返信が届くまで気持ちが落ち着かなかった。

 

ほんの5分程度で、私の動悸は止まった。ホストから返信が届いたのだ。おそるおそるAirbnbのウェブサイトにログインし、確認したメッセージの内容は予想の斜め上だった。

 

「ボンジュール!それは大変だったね。実は僕も以前2回ほど閉じ込められたことがあってさ、それからドライバーを寝室に置くことにしたんだ。説明しそびれてたけど、ドライバーは壁際の棚の上に置いてあるから、もしまた閉じ込められたら使うと良いよ!では、良い年末を(^^)/」

 

えっ・・・・

 

まさかの・・・・

 

閉じ込められること前提!!Σ( ̄□ ̄|||)

しかも本人は2回も閉じ込められてるΣ(・ω・ノ)ノ!

 

「ドライバーを寝室に置くことにしたんだ」じゃなくてさ・・・・

 

ドアを直せよ!!!!!Σ(゚Д゚;

こんな家に住んでるんだから金持ってんだろ!(@ ̄□ ̄@;)!!

 

東京では脱出ゲームというアトラクションが流行っていたが、この物件は脱出ゲーム付物件だったということだろうか。それならキチンと「脱出ゲーム有」と物件情報に記載すべきではないだろうか。

とりあえず笑うしかなかった。あまりに面白すぎる。

再発防止のためにドアを直すのではなく、再び壊れることを前提にドライバーを部屋に置くなんて聞いたことがない。

 
 
 
 
 
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数十分後、友人が訪れ、改めてドライバーを使ってしっかりとドアを直してくれた。このドタバタ喜劇のような1日に疲れ果てた私は夕焼けに染まるエッフェル塔凱旋門を見つめながら、心から友人に感謝した。

 

2022年を迎える瞬間も、友人とこの豪華絢爛なテラスで過ごした。コロナ禍でオフィシャルな年越しイベントは中止となっていたため、窓の外を盛り上げたのはヤンキーたちの非合法打ち上げ花火たちだった(フランスでは一般人の花火は禁止されているため、街中で花火をしている人がいたら、それは全て違法なヤンキー花火である)。

沢山の人々がアパルトマンの窓を開け、「あけましておめでとう!」と叫んでいる。大音量で音楽を流している部屋もあった。

日本では、クリスマスを友人と過ごし正月は家族で過ごすのが伝統だが、ヨーロッパは真逆で、クリスマスを家族で過ごし正月を友人と過ごす。良い歳した大人たちまで夜更かししてカウントダウンを楽しんでいるのは、何となく見ていて面白い。

 
 
 
 
 
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人類の長い歴史の中で、2021年は特殊すぎる年だったかもしれない。

だが、私にとっては物凄くエキサイティングな1年間だった。

この先の人生の中で、パリで一番の眺望が見渡せる部屋に閉じ込められることなんてあるだろうか。勿論、あってほしくない。

だが、ドアも壊れていないのに自ら一歩も部屋から出ようとしない日本人の自粛生活と比べたら、ドアが壊れても必死で外に出ようと悪戦苦闘するフランス人の生活は、あまりにも見ていて気持ちの良いものだった。

 

コロナ禍に海外赴任したことを不幸だと言う人もいるかもしれないが、コロナ禍だからこそパリに来られて本当に良かったと、今でも、心から、そう思っている。

 

 
 
 
 
 
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【フランス生活】パリで一番の眺望が見渡せる部屋に閉じ込められた話~前編~

私はパリのルーフトップが大好きだ。登る屋根が違えば見える景色も全く違う。そんなの当たり前だが、東京では殆ど気にしたことがない。だが、欧州では展望台や丘があればほぼ必ず登ってシャッターを切っていた。高台から眺める伝統的な建築物の屋根たちは私の心を鷲掴みにした。その中でも、特にパリのオスマン建築の屋根とエッフェル塔等のモニュメント、朝日や夕陽や雪景色のコラボレーションと共に季節の移ろいを感じるのが最高に心地良かった。

 
 
 
 
 
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上記のようにカワイイモニュメントをペアリングするのも好きだった。

(話が脱線するため割愛するが、日本に帰国してからもスカイツリーと雷門をペアリングして撮影している。ご興味があれば、私のもう1つのInstagramアカウント@monamilyintokyoをご参照いただければ幸い)

 

しかし、パリでは自由に登れる展望台やルーフトップが少なく、そもそも商業テナントは原則地上階(日本で言う1階)であり、上層階は全て居住用。つまり、眺望良好のスポットの殆どが居住用のアパルトマンとなってしまう。
もう少し長くパリに住んでいたら、パリのルーフトップ写真家のコミュニティにでも入り色々な住宅の屋上から写真を撮る選択肢もあったが、私はそこまでの時間的余裕はなかったため、基本的に居住用以外のスポットを片っ端から攻めて撮影していた。ルーフトップバー、モンマルトル等の小高い丘、デパートの屋上、有料展望台、観覧車など、様々な角度からのパリを楽しんでいた。

そんな私も数回、パリ市内のAirbnbを借りて滞在し、その窓やテラスから眺望を楽しんだことがある。写真撮影だけでなく、違ったアパルトマンや地区での暮らしが楽しめるし、同じ場所に滞在し続けるより数倍パリを満喫できる。友達を招待して食事を楽しむこともあった。

 

その中でも、パリで迎える最後の年末年始に借りたAirbnbは極上だった。こんな美しい眺望を臨める住宅は見たことがないし、今後も見ることはないと思う。勿論、好みは人それぞれなので、あくまでも私の感性に基づく評価に過ぎないが、ルーフトップに興味のない友人やフランス人の友人さえ「これはさすがにすごすぎる」と驚いていたのは事実。

 
 
 
 
 
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パリ市内の美しいモニュメントのほぼすべてを一望することができるだけでなく、朝日と夕陽が両方楽しめる南向きのテラスで朝食をとることができるのだから贅沢すぎる。
正直、金銭的な出費は相当のものだったが、それだけの価値がある買い物だったと胸を張って言える。眺望だけなら、間違いなく5つ星高級ホテルなんかよりも百倍優れている。「家は一生賃貸で良い」派の私でさえ、生まれて初めて「こんな家だったら欲しい」と思った。

 

この物件のホストは、年末年始に自宅を離れるためにその間だけ自宅をAirbnbとして貸し出していた。チェックイン当日はホストと会うこともなく、物件の近くの飲食店で鍵を受け取った。物件に到着すると、フランス式7階まで小さなエレベータ上がり、いよいよその美しい部屋にたどり着いた。

間取りは1LDK。内観も十分満足できるものだったが、テラス(バルコニー)からの眺望ほど特徴的ではないので掲載は割愛する。

ベッドルームがバルコニーに繋がっており、眺望を楽しむには一度ベッドルームに入る必要がある。

とにかく絶景。気持ちが高揚してとにかく写真を撮りまくったが、その日は友達が遊びに来ることになっていたので、一通り撮影が完了した後は部屋を片付けるなど色々支度を始めた。ケーキを買って、友達と夕陽を見ながら食べて、楽しい時間を過ごす――――想像しただけでワクワクが止まらない。


部屋の片づけが済むと、直ちにベッドルームに入りバルコニーへの扉を開けた。絶景。天気は良かったが、風も強かった。


「バタン!」

 

大きな物音と共に、リビングとベッドルームを繋ぐドアが閉まった。これだけ風が強ければ、風圧でドアが閉まること自体に驚きはなく、しばらくミラーレス一眼で窓からの景色を写真に撮り続けた。この時の私は未だこの後起こる恐怖など知る由もなかった―――――わずか5分後に起こる非常事態を。

 

一通り写真を撮り終え、窓の外のエッフェル塔を眺めながらバルコニーのテーブルでコーヒーでも飲みながら会社に報告するレポートの作成でもしようかと思い、パソコンを取りにリビングに戻ろうとした時、何かがおかしいことに気づいた。

そう、ドアがおかしい。

 

ドアノブがないのだ。

 

ふと足元を見下ろすと、ドアノブの部品たちが無防備に転がっていた。未だかつて経験したことのない状況に、一体これが何を意味するのか、20秒くらい本当に理解できなかった。

取っ手の取れるティファールのCMが頭の中に流れた。これは取っ手の取れるドアなのだろうか。さすがティファールの国フランス。趣深い。

 

と、いつまでもつまらない冗談を言っている場合ではないことに気づかないほど馬鹿ではなかった。ドアノブがなければドアは開かないのは火を見るよりも明らかだ。

 

そう、この部屋から外へ出ることができなくなった。

皮肉なことに、パリで最も美しい景色が臨める部屋に、軟禁されてしまった。

 

ドアノブはプラスねじ2つで固定されるタイプだったが、ネジもネジ穴もとにかく頼りない外形であった。ドライバーらしきものは見当たらないので、指先を駆使して何とか直そうと試みるが、うまくいかない。
「よし、Airbnbのホストに連絡をとろう」―――― そう思った直後にもう1つの衝撃の事実を思い知らされた。

携帯電話もパソコンもリビングにある。

 

頭の中が真っ白になった。笑えない。誰とも連絡がとれない。もうすぐ2021年が終わろうとしているのに、通信手段のない世界に佇んでいる。目の前には泣けるくらい青々とした空と贅沢すぎるパリの象徴的なモニュメントとオスマン建築の屋根たちが織りなすパノラマが無邪気に微笑んでいる。軟禁された人間には贅沢すぎる景色で、笑うしかない。

年始のチェックアウトまで、何件か友人が訪問する予定が入っていたが、彼らがインターホンを押しても私が玄関まで向かうことはできない。彼らが連絡してきても、私はLINEもWhatsAppも確認することができない。このまま軟禁状態で、数日間飲まず食わずのまま、この豪華な部屋で独り新年を迎えるのだろうか。助けを呼ぶ方法は他にないだろうか。バルコニーから通行人に向かって叫べば誰かが手を差し伸べてくれるだろうか。Google翻訳という強い相棒を失った今、フランス語が話せない人間がどうやってこの状況を説明して助けを呼べば良いのだろうか。火事や強盗などの緊急事態であれば言葉なんて気にせず英語でも日本語でも叫べば良いのだろうけど、そこまで深刻でもないような気がして、あまり目立つ行動をとる気が引けた。

 

「冷静になれ、落ち着いて考えろ」――――自分に言い聞かせる。今までの人生でもハプニングは幾度となくあったはずだ。広島在住時、友人の結婚式のために東京に帰ろうと早朝に自家用車で空港に向かう途中、雪道でスリップして車が動かなくなったことがあった。幸い、親切な通行人が車を押すのを手伝ってくれたのと、大雪で飛行機が2時間位遅れていたことで、何とか結婚式には間に合ったが、空港の駐車場から搭乗口までは冗談抜きに走れメロス状態だった。東京に到着すると、2cm程度の積雪で人々はキャーキャー騒いでいた。40cmの積雪の中走り抜けてたどり着いた自分が少し誇らしかった。


閑話休題。色々思いめぐらせたあと、結局はドアを直さないとドアは開かないのだからドアを直すことに集中すべしという現実的な方針を固めた。ドアの構造を冷静に観察し、どのような状態になればドアを開けることができるかを冷静に考えた。

ネジ穴に手指や爪を先程よりも繊細にくねらせ、反対の手ではドアノブと本体を繋ぐ棒が動かないように細心の注意を払った。何度も失敗したが、それでも根気強く繰り返した。ノーベル賞を目指す発明家にでもなった気分だ。

 

ドアノブよ、頼む!ドアと繋がってくれ――――。


~~後半へ続く~~

【フランス生活】うちはInstagramに、ハマったんやない。 移住先の街が、たまたまフォトジェニックだったんや。

元々、私は写真を撮るよりも文章を書く方が好きだったので、フランスに移住する前はInstagramは殆ど使用していなかった。

気が向いたときにラーメンや焼肉の写真を投稿する以外、どうやってこのSNSを使えば良いのかわからなかったし、特段活用したいとも思わなかった。写真に関しても、旅行やイベントの際には申し訳程度に撮っていた程度で、写真を撮ることを目的に外へ出るなんて考えたこともなかった。

そんな私がミラーレス一眼を購入したのはフランス移住の直前、「一生に一度の機会かもしれないし、カメラがあった方が良いだろう」というフワッとした理由によるもの。

実際、移住後もしばらくは何のコンセプトもなく適当にエッフェル塔凱旋門や街中で見つけたものをパシャパシャと撮っていただけだった。

 

そんな私に転機が訪れたのは、2020年10月末から11月末までのロックダウンだった。この時期はとにかく辛かった。何が辛いって、全てが不慣れな上に異常事態なのだ。それまではフランス語はおろか英語すら日常的に使う経験が無かったような人間が、殆ど顔もわからない外国人クラスメイトとオンラインで授業を受けながら時にはグループワークやらディスカッションやらの課題もこなさねばならないのだから、一筋縄ではいかない。クラスメイトは全員弁護士で、自分の法律知識の欠如も辛い。レジュメには、日本語で調べてもよく理解できない定義が山積みだった。そして、自粛という文化のある国からやってきた極東アジア人が、ロックダウンと言われてしまうと、何が何でも家にいないといけないと思ってしまう。そして欧州の秋は東京と比べ物にならないくらい寒いし、朝9時近くまで陽が昇らないので、東京では毎朝5時起きだった私でさえ全く起きれない。

これは、10年前の新入社員時代、地方配属で田舎生活・会社員生活・一人暮らしの全てが初めてだった時の状況と少し似ている。当初は社宅の駐車場から車を出すだけで10分位かかっていたのを覚えている。

今回も、英語・フランス語・海外生活・ロックダウン・オンライン授業・多文化グループと初めてが重なりすぎていた。

 

その後、何とか課題と試験をこなして11月末を迎え、1ヶ月間のロックダウンも終焉した。勿論、飲食店や美術館などは依然閉鎖中で、夜間外出禁止令も継続していたが、街はすっかりクリスマスムードとなり、ラファイエットやプランタンなどのデパートやDior本店などがデコレーションやイルミネーションを開始し、パリが一段と美しく輝く季節が訪れた。

私はとにかくその全てを訪れたいと思った。東京では、恋人や友達から誘われない限りそういった場所にあえて赴こうとは思わなかったが、この時は1人でも全力で行きたいと思った。初めてのパリでのクリスマスに興奮していたのもあるが、先に述べた1ヶ月間があったからこその衝動だったと思う。

とにかく写真を撮りまくった。そして、日本にいる友人たちに見せたくて、その何枚かをInstagramに投稿した。これがすべての始まりだった。

 
 
 
 
 
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今見ると写真の撮り方が酷すぎて貼るのを躊躇するレベルだが、それはさておき。

この時私は、クリスマスのライトアップに飾られたパリは宝石箱のようだと感じた。

 
 
 
 
 
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当時は投稿戦略も何もなかったので、撮ったその日に全ての写真を投稿して満足していた。閲覧者からすれば、同じ人間の撮った写真が一気に何枚もフィードに表示されたわけだから、私に殺意を覚えたフォロワーも少なくなかったことだろう。

一方で、フワッとした気持ちではあったが、Instagramに写真を投稿するのも良いもんだなと思った。せっかくだからもっと投稿しよう。そして、アカウント名を印象的なものに変えたいと思い、当時Netflixで流行っていたEmily in Parisに感化されて@monamilyinparisと命名した。

 

その後もパリの写真を色々と投稿していたところ、数名のクラスメイトが私にメッセージを送ってきた。どうやら、皆が私のInstagramアカウントを気に入ってくれたようだ。

「monamily in parisのアカウントめっちゃええやん。載せてる写真が本物のemily in parisより全然良いわ。アタシもクリスマスのライトアップ見に行きたいねんけど、一緒に行こうや」

大げさかもしれないが、この時初めて、周りが自分を認めてくれたような気がした。Instagramのおかげで、皆と距離を縮めることができた気がした。

Monaの写真、うちめっちゃ楽しみにしてるけー、これからも沢山投稿してな」――――――― この時私は、限られた在仏生活期間の中で、可能な限り写真を撮り続けることを誓った。

 
 
 
 
 
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【コロナ禍の欧州旅行】フランス・マルセイユ編 ~18時以降外出禁止・博物館やレストランが閉鎖でも、最高に満足感のある旅行に~

2021年3月――――フランス国内のコロナ状況は芳しくなく、18時以降外出禁止ルールが続いていた。

これに加え、翌週からは更に厳しい規制が施行されるという噂が立っていたため、何が何でも今週末はパリから抜け出して弾丸で何処かへ行きたいという気持ちに駆られた。

何処に行こうかアレコレ考えた結果、TGV(フランスの新幹線)で3時間程度で行けて徒歩と公共交通機関だけでも観光がしやすいマルセイユに行くことに決めた。

また、内陸に位置するパリに住んでいたため、海が見たかったというのもある。

 
 
 
 
 
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上記の写真は、ノートルダム ド ラ ガルド寺院の展望台から撮影したもの。言うまでもなく絶景なので、どんなに時間が無くてもマルセイユに立ち寄るならここだけは必ず訪れてほしい。

ちなみに、私はパリのオスマン建築が大好きなのだが、町全体の眺望を考えた時にマルセイユの方が都市設計が優れていると思うのが、近代建築が伝統的な建築とうまく調和している点だ。全体的がオレンジと白の2色で纏められており、建物の形状もパリの近代建築のような醜さは感じられない。

 

御覧の通り、マルセイユ地中海に面した港町で、港に足を運べば沢山の船と活気あふれる地元の若者の姿を見ることができる。
同じ南フランスでも、ニースに代表されるコートダジュールは洗練されたリゾート地なのに対して、マルセイユはもっと雑然としていて、治安が悪いと非難されることも多い。
確かにヤンチャな若者が多い点は頷けるが、私自身は危険を感じることは全くなかった。主観だが、マルセイユは結構横浜に似ていると思う。横浜駅西口の五番街で見かける(今は知らないが少なくとも15年前は生息していた)類のような人間模様が繰り広げられているだけ。もし、マルセイユが危険な場所なら、横浜も危険な場所ということになる。
旅行ブログ等を読んでいると、「ここは治安が悪い」「行かない方が良い」と神経質になりすぎなケースが多い気がする。勿論、平和ボケしている人は気を付けるに越したことはないのだが、別に日本が安全かというとそうでもない場合もある。

19ヶ国を旅行したことのある私が危険な目に遭ったのは全て日本国内(というか実家の近辺)だし、国や都市だけでは危険度なんて測れない。

 

 
 
 
 
 
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上記は古き良き下町風情の残るパニエ地区。

洗濯物が外に干されていたり、電柱や電線が外に出ていたりするのはパリでは見られない光景なので、とても新鮮だった。

その他にも、船に乗って小さな島を訪れてみたり、漁師町の小さな区画を訪れたり、マルセイユには素晴らしい見どころが沢山あるが、キリがないので割愛する。

写真を私のinstagramアカウント(@monamilyinparis)に沢山掲載しているので、興味があれば是非ご覧いただきたい。

 

さて、あたかも普通に観光を楽しめたかのように色々記載したが、忘れてならないのが、この時期は未だフランス全土で18時門限や博物館・飲食店の閉鎖が続いており、せっかくマルセイユに来ても博物館や寺院などの屋内観光施設には一切入場できないだけでなく、地中海料理に舌鼓することもできなかった。

実際、昼・夜の食事は全てホテル近隣のパン屋さんで済ませたし、18時以降はずっとホテルに滞在していた。

これを聞くと、「え、そんなので旅行が楽しめるの?」と思われるかもしれない。だが、不思議なもので、私は十分すぎるほど満喫することができた。

全ては発想の転換である。食事や博物館にお金をかける必要がないのなら、浮いたお金でホテルのランクを上げることができる。外出禁止となる18時以降、夕日や夜景を楽しみたいなら、眺望の良い部屋を予約すれば良い。衛生上の理由でホテルが食堂を閉鎖するため、朝食は部屋まで運んでもらえるので、VIP待遇のような気分が味わえる。

 
 
 
 
 
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上記は全てホテルの窓から撮影した写真。平常時だったら18時以降も外出できる一方、観光客の波に揉まれて撮影は困難だっただろう。

余談ながら、19時過ぎくらいまで外でヤンチャな若者と警察が喧嘩していて、窓から眺めているのも中々面白かった(笑)

ちなみに、私が宿泊したホテルはGrand Hotel Beauvau Marseille Vieux Port というホテル。利便性・眺望・建物の美しさ・朝食・清潔さなど、申し分ないホテルだったのでとてもオススメだが、現在の価格をBooking.comで調べると250€以上することが判明。私が宿泊した時は170€位だったので、平常時に泊まれないランクのホテルに安価で泊まれるのもコロナ禍に旅行する醍醐味だと思う。


さて、【コロナ禍の欧州旅行】シリーズ第1弾「マルセイユ編」はお楽しみいただけただろうあか。もし、フランス旅行を考えているのであれば、マルセイユも是非目的地の候補に入れていただきたい。

このブログは未だ開設したばかりなので、旅行記以外にも何種類かのジャンルの記事を投稿していく予定だが、なるべく読者の皆様が面白いと思う記事を中心に書いていきたいので、コメント欄などに感想を頂ければ大変ありがたい。

(記事の種類によって文体も変わると思いますが、そのあたりもご容赦ください)

尚、この旅行記シリーズはInstagramアカウント「@monamilyinparis」の写真をベースにしておりますので、もし宜しければInstagramもフォローしていただけると嬉しいです。

 

では、またお会いしましょう!

ジブリ・ディズニー映画のセリフを原語と吹替で比較

2020年の秋、フランス移住後いきなりロックダウンで外に出れない中、「それでもフランスにいるからこそできることって何だろう」と考えた結果、「日本では見られないジブリNetflixで見れるやん」という結論に至り、意味もなく英語吹替(+他の言語も)で見たりしてみたところ、色々と発見がありました。

ディズニーも混ざってますが、以下に言語と吹替の比較を書いてみます。

 

千と千尋の神隠し(Spirited Away)】

(原語)
銭婆「一度あったことは忘れないものさ 思い出せないだけで」

(英語吹替)
銭婆 "Once you met someone, you'll never really forget him. It just takes a while for your memories to return."

元々、抽象度が高いからこそ心に残る台詞なので、英語だと説明しすぎで、完全に良さが死んでしまっていますね。

【モアナと伝説の海(Moana)】

(原語)    
Moana "Sometimes our strengths lie beneath the surface … Far beneath, in some cases.”

(日本語吹替) 
Moana「能ある鷹は爪を隠すって言うでしょ?・・・能あるニワトリだけどね」

面白い訳し方だとは思うけど、意味が変わってしまっているので、あとはどちらが好みかという話になりますね。
個人的には、「能力があることを隠している」のではなく、「本人も気づかないくらい、深いところに自分の強みがある場合もある」と受け止めた方がストーリーの深さを味わえると思うので、圧倒的に原語が好きです。

ベイマックス(Big Hero 6)】

(原語)    
Hiro "I'm satisfied with my care."
↓ 
(日本語吹替) 
Hiro「ベイマックス、もう大丈夫だよ」

個人的には、「帰ってきたドラえもん」のオマージュみたいな日本語吹替版が圧倒的に好き。
「大丈夫」って抽象的なんだけど、後半の感動シーンでヒロがベイマックスに言う「もう大丈夫だよ」は、
のび太ドラえもんに「僕はもう君がいなくても自分の力でジャイアンに勝てるよ」という趣旨で言う「大丈夫だよ」を彷彿させます。

と、ベイマックスの日本語吹替版が傑作だったことを踏まえると、
美女と野獣のフランス語吹替版や、ムーランの中国語吹替版が気になるところです。

【おまけ:火垂るの墓(Grave of the Fireflies)】

(原語)
節子「にいちゃん・・・」
(英語吹替)
節子 "Seita!"

昭和10年代生まれの日本人女性が尊属の男子を呼び捨てにしている絵は中々シュールやw

以上、いかがだったでしょうか?
あと、ジブリを英語吹替で見て驚いたこととしては、原語(日本語)だと台詞の無いところに、英語吹替版だと台詞が挿入されていたこと。日本人の観点から見ると、「それ言ったら風情がなくなるやんけ!」って思うようなところに、状況を説明するような台詞が入っているんですよね。

・・・まあ、ジブリに限らず、原語と吹替の比較って面白いなっていつも思います。

ディズニー映画とか、時々吹替の方が良い台詞になってる場合もあるなと感じるんですよね。

軽々しく「翻訳の仕事はもうすぐAIに奪われる」みたいに簡単に言う人も多いけど、ディズニー映画の吹替って結構クリエイティブな仕事だと思うよ。
歌の吹替は、キャラクターの口の形に合うような日本語を選んでますからね。
あと、印象的だったのはアラジンのホールニューワールドの以下の歌詞。

(原語)
"Tell me, princess now when did you let you heart decide?" 
(日本語吹替)
"プリンセス、自由の花をほら"

一見、全く関係ない言葉を選んでるようにも見えるんだけど、このシーンでアラジンはジャスミンに白い花を手渡しているんですよ。
これを「自由の花」に見立てて、「君は今まで自分の意志で物事を決めることができなかったけど、この花を受け取れば君はもう自由だ」って言ってるんですよね。こういうのはAIにはできない仕事だと思いますよ。

・・・色々つれづれなるままに書いてしまいましたが、私は作詞家気質(一応保土ケ谷区歌作詞者です)なので、結構こういうの考えるの好きだったりします。
もし、楽しんでいただけた場合は、イイネとかコメントとかいただけると励みになります。

これからも面白いと思っていただける記事をどんどん書いていこうと思いますので、よろしくお願いいたします!

このブログを始めるにあたって

皆様初めまして、monamilyinparisです。東京都在住、30代会社員です。
20代後半で一念発起して英語の勉強を始め、TOEIC550→950点達成。
コロナ禍ど真ん中の2020年10月から2022年1月までフランスに大学院留学しておりました。
おかげさまで貴重な経験が色々とできたので、皆様のお役に立てることがあればと思い(&何か面白い発信ができればと思い)、ブログを始めることにしました。

●ブログの主なコンテンツ
・大学院留学
・コロナ禍のフランス生活
・コロナ禍のヨーロッパ旅行
・東京での自宅語学学習(英語、フランス語)

●その他
・全然関係ありませんが、横浜市保土ヶ谷区の区歌作詞者でもあったりします(笑)

読者の皆様の反応を見ながら、何を中心に書いていくかは考えていこうと思いますが、今のところ以上のような感じで考えています。

どうぞよろしくお願いいたします。